滝山東照宮 - 岡崎市滝町
駐車場は坂道を上ったところだったので、石段を下って道沿いの大鳥居です。
数時間前まで雨が降っていたから地面は濡れて水溜りもできている。
滑らないように慎重に… で、正面からの鳥居と社号標。
滑らないように慎重に… で、正面からの鳥居と社号標。
こっちには『瀧山』の文字が使われてるんだ。
滝でも瀧でも同じ意味だろうけど、わざわざ違う文字を使う理由ってなんだ。
珍しく社号標には石工名が彫られていた、太田誠一。
鳥居は明神鳥居で、明治27年4月と表側に記されている。
境内の全景図。
滝山東照宮と滝山寺が同じ境内、神仏習合の面影を残しているわけですね。
日本三大東照宮とされていますが、ウィキペディアを見ると面白い。
『日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮の一つとされることがある。』 だってさ。
日本三大東照宮とされていますが、ウィキペディアを見ると面白い。
『日光、久能山と並ぶ日本三大東照宮の一つとされることがある。』 だってさ。
日光と久能山は確定でいいでしょう。
問題は三つ目がどこなのかで賛否分かれるところなのだそうな。。。
問題は三つ目がどこなのかで賛否分かれるところなのだそうな。。。
う~ん 可哀想に。
でもこうゆう第三位を争うのって意外と多くあると思うんですよね。
5位じゃだめ、4位でもだめ、上村愛子と一緒だ。
そんなこんなで石段を上りきると境内。
目の前には大きくて立派な本堂がお目見えできる。
ちなみにこれ国の重要文化財なり。
古そうだったから年代が気になったけど、残念ながら読めなかった。
この鳥居の右手に小さな授与所があって、神職さんがあくびをしてた。
昼から天気も回復してぽかぽか陽気だから気持ちいいもんね。
手水舎。
燈籠郡。
幣拝殿。
けして大きくはないですが、極彩色はさすがと思わせる。
『滝山寺につたえる由緒書によれば、徳川三代将軍家光が、酒井忠勝、松平右衛門大丈および瀧山寺の青竜亮盛の三人を召して、「三河の国は徳川家の本国、岡崎城は家康誕生の地で、また、在世の本城であるから、岡崎付近に権現様を勧請したい。」「幸いにも、滝山寺は古跡で岡崎の要所の地にも当たり、家康が岡崎在城の節、信仰も厚かった霊地であるから、この地に東照宮を勧請するように・・・」と命じて神社が創建されました。』
中を覗くと 三十六歌仙図扁額 と呼ばれるものが飾られていた。
ちなみに本殿は、千木外削ぎの鰹木は2本だけだ。
ネットで検索しても出てこなかったから普段は見れないのかもしれないですね。